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名古屋高等裁判所 昭和40年(ネ)896号 判決

控訴人・原告 愛知マツダ株式会社

訴訟代理人 青木米吉 外一名

被控訴人・被告 大脇武男

訴訟代理人 稲垣昇

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、金四〇万円及びこれに対する昭和四〇年二月一四日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は控訴人において金一〇万円の担保を供するときは、控訴人勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人等は「原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金四〇万円及びこれに対する昭和三九年四月三〇日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、書証の認否は左記に附加訂正する外、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一、控訴代理人等の主張

(一)  仮に本件手形の振出人欄の記名押印が訴外浜本重政によるものであるとしても、訴外有限会社黄金モータース部品商会は有名無実の会社であるから、右会社の代表取締役たる被控訴人としてはいたずらに約束手形を振出し第三者に不測の損害を与えないようその職務の執行をなすべき義務があるのにかかわらず、右会社の取締役である訴外浜本に右会社の実権、職務執行を任せたまま同人をして不渡になることが自明であり、支払う意思がないのに、(振出後改印している)本件約束手形を代行して振出させたのは被控訴人の職務を行うにつき重大な過失があつたものというべく、これにより控訴人は損害を蒙つたのであるから被控訴人に賠償義務がある。

(二)  仮に、訴外浜本に本件約束手形を振出す代行権限がなかつたものであるとするも、被控訴人は右会社代表取締役として他の取締役である訴外浜本の職務執行を監督し不当な行為の行われることを未然に防止する義務があり、且つ又会社の行つたことを証する会社代表者印の保管に意を用い万が一にも冒用され、第三者に不慮の損害を与えないよう善管注意義務があるにもかかわらず、本店所在地とは名のみの他の会社の自動車置場の小屋の机の中に放置したまますてておき、この間他の取締役である訴外浜本に自由に使用され、且つ銀行への改印届が右浜本によつてなされているのも知らず放置していた事実は取締役としての職務執行につき重大な過失があつたのであるから、控訴人の蒙つた損害につき賠償義務がある。

二、被控訴代理人の主張

(一)  被控訴人の本業が司法書士であることは認めるが、被控訴人はかつて自動車部品関係の商取引に関与した経験者である。

(二)  訴外会社の代表者印が放置されていたことはない。自動車置場が訴外会社の臨時の本店事務所であり、右代表者印は一定の場所に保管されていたものであつて、訴外浜本が右代表者印を濫りに取り出し改印をなしたり冒用したものである。

(三)  訴外会社は自動車部品販売を目的として創立したものであり、会社の実権は専ら被控訴人が掌握し、訴外浜本に代理権を授与したことはない。

証拠として、控訴代理人等は甲第四号証を提出し、証人浜本重政同市川幸彦及び被控訴本人の各尋問を求め、被控訴代理人は右甲第四号証の成立を認めた。

理由

一、被控訴人が司法書士を本業とするものであり、訴外有限会社黄金モータース部品商会(以下黄金モータースと略称する)の代表取締役であることは当事者間に争のないところである。

しかして有限会社黄金モータース部品商会代表取締役大脇武男なる記名とその名下の印影が右訴外黄金モータースのゴム印及び代表者印により顕出されたことにつき争なく、その余の部分については原審並びに当審証人浜本重政の証言により訴外浜本重政において作成したと認められる甲第一号証、原審並びに当審証人市川幸彦、原審証人清水清太郎の各証言により成立を認めうる同第二号証の一ないし四、同第三号証と、原審並びに当審証人浜本重政、同市川幸彦、原審証人清水清太郎の各証言並びに被控訴本人の原審並びに当審における尋問の結果を綜合すれば、次の事実が認められる。

訴外黄金モータースは昭和三九年三月三〇日資本金八〇万円で自動車修理並びに部品の販売とこれに附帯する一切の業務を目的として設立され、被控訴人が代表取締役に訴外浜本重政同田中三郎が取締役に訴外清水利一が監査役にそれぞれ就任し、名古屋市中川区乗越町一丁目一九番地所在の前記浜本が代表取締役をしている訴外浜本急送有限会社(以下浜本急送と略称する)の自動車置場に本店を設置し、同年四月二五・六日頃まで操業しその後は休業状態にあつたこと、ところが訴外浜本は自己が代表取締役をしている訴外浜本急送の控訴人に対する自動車買受代金債務の支払に窮し、その分割払の支払に代えて、訴外黄金モータース振出名義の約束手形を交付して一時を糊塗しようと企てるにいたつたこと、かくて訴外浜本は同年四月二八日訴外黄金モータース本店事務所の机の中に鍵もかけずに放置してあつた右訴外会社代表取締役大脇武男名義のゴム印と代表者印をとりよせ、被控訴人不知の間に約束手形用紙の振出人欄に右ゴム印と印章を押捺した上、控訴人主張のごとき額面四〇万円支払期日昭和三九年六月三〇日なる振出人黄金モータース名義の本件約束手形を作成し、訴外浜本急送の代表者として裏書欄に記名押捺の上、控訴会社に差入れたこと、しかるに右訴外浜本はその後右代表者印の紛失を理由に被控訴人不知の間に取引銀行たる福徳相互銀行名古屋支店に訴外黄金モータース代表者印の改印届をなしたため、右約束手形を訴外浜本急送より裏書譲渡をうけた控訴人において支払期日に支払場所に右手形を呈示して支払を求めたところ、印鑑相違を理由に支払を拒絶され、訴外浜本急送も支払不能の状況にあつたため控訴人としては振出人、裏書人のいずれよりも右約束手形金の支払をうけられず額面金額相当の損害を蒙つた。以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二、ところで控訴人は被控訴人が訴外黄金モータースの代表取締役として本件不渡手形の振出につき悪意又は重大な過失があつたから損害賠償責任がある旨主張し、被控訴人は有限会社の代表取締役には合名会社、合資会社のごとき個人責任はない旨主張するが、有限会社の代表取締役と雖も職務執行にあたり悪意又は重大な過失のあつた場合には有限会社法第三〇条の三により取締役個人として第三者に対し賠償責任あることは言うまでもないから、以下被控訴人の訴外黄金モータース代表取締役としての職務執行にあたり悪意又は重大な過失があつたか否かについて考察する。

(一)  控訴代理人は被控訴人が訴外浜本と共謀の上訴外黄金モータースが支払能力並びに支払意思がないのに、訴外浜本急送より債権取立を困難ならしめるため本件手形を振出した旨主張するが、被控訴人において訴外浜本と共謀の上控訴人主張のごとき意図の下に本件手形を振出した事実を認むべき証拠はなく、却つて前記認定事実よりみれば本件手形の振出は訴外浜本において被控訴人に無断で訴外黄金モータースのゴム印及び代表者印を冒用してなしたものというべきであり、被控訴人が訴外浜本と共謀の上本件手形を振出したこと、すなわち被控訴人にその職務執行につき悪意があつたとは認められず、これを前提とする控訴人の主張は失当というほかはない。

(二)  次に控訴代理人は被控訴人において訴外浜本に訴外黄金モータースの実権、職務執行を任せ、本件約束手形を代行して振出させたのは被控訴人の取締役としての職務を行うにつき重大な過失があつた旨主張しているけれども、被控訴人が訴外浜本に訴外黄金モータースの実権職務執行を一任し約束手形振出の代行権限を与えていたことを認めるに足る証拠はない。尤も前示甲第三号証には控訴人主張のごとく「被控訴人が訴外黄金モータースの経営上の詳細は聞知せず事実上の社長は浜本重政氏である」旨の記載があるが、右は被控訴本人の原審並びに当審における尋問の結果と対比してたやすく措信しがたく、その他に控訴人の右主張を首肯するに足る証拠はない。

従つて控訴人の被控訴人において訴外浜本に会社の実権職務執行を任せ本件手形を代行して振出させたことを前提とする主張も採用の限りでない。

(三)  更に控訴代理人は被控訴人において(1) 代表取締役として他の取締役である訴外浜本の職務執行を監督し不当な行為の行われることを未然に防止する義務があり、(2) 会社代表者印の善管注意義務があるのに、これを怠つた点に職務執行につき重大な過失があると主張するのでこの点について考察する。

有限会社の取締役に対する監督機関は社員総会であることに鑑みれば、定款の定めた社員総会の決議により取締役が代表取締役の統轄のもとに業務執行をなしうる権限を与えられているとき、または取締役が商業使用人たる地位を兼ねているときのようにかかる地位にもとづく取締役の業務執行についてそれを監視する任務が代表取締役に課せられているなど特段の事情のある場合をのぞけば、代表取締役という資格のみで直ちに他の取締役の職務執行を監督する責任があるものとは言いえない。しかして右のごとき特段の事情につきなんら主張立証のない本件においては被控訴人において代表取締役として他の取締役たる訴外浜本の職務執行を監督する義務がある旨の控訴人の主張は失当というべきである。 しかしながら前記認定のごとく代表者印を本店所在地とは名のみで他の会社の自動車置場の小屋の机の中に鍵もかけずに放置したまま、これが保管につき善管義務を尽さず、そのため訴外浜本に自由にこれを使用された結果、本件手形が振出され、しかもその後銀行への改印届が訴外浜本によつてなされたことも知らずに放置していたのは代表取締役として会社財産保管義務に欠くること甚しきものがあるというのほかなく、有限会社法第三〇条の三所定の取締役が職務を行うにつき重大な過失があつた場合に該当するといわねばならないから、被控訴人において控訴人の蒙つた損害を賠償する義務あるものというべきである。

三、ところで控訴人はその蒙つた損害たる約束手形金四〇万円とこれに対する昭和三九年四月三〇日以降の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるのであるが、有限会社取締役の第三者に対する責任は有限会社法第三〇条の三の規定にもとづく特別責任というべく、不法行為を理由とするものではないからその請求をうけたときに遅滞に附せられる筋合であり、従つて控訴人の本訴請求は被控訴人に対し金四〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日なること記録上明らかな昭和四〇年二月一四日以降年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よつて右と結論を異にする原判決は取消を免れないから民事訴訟法第三八六条、第九六条、第九二条、第八九条、第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 成田薫 裁判官 黒木美朝 裁判官 辻下文雄)

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